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ダイビングとバイクをこよなく愛する53歳のおやじ。じっとすることが嫌いな性格はいつまでたっても変わらず。なんにでも興味を示す雑食派 人との繋がりが自分のすべてのエネルギーと信じる。日々出会い、日々学び 嫌いな言葉 マイペース 無責任

2013年3月3日日曜日

人との別れ

出会いがあれば必ず別れがくる。

別れがない二人にも必ず、死という別れがくる。

別れは確かに悲しいものである。

また別れの理由も様々で、死 距離 考え方 思想 etc といろいろあるだろう。

その理由によっては、悲しくもなり、時には、自分にとってプラスに転じる時もある。

実は、人との別れは、そういうものである。


すべてが悲しいわけじゃない。

別れはすべて悲しいものと思われがちだが、実はそうではない。

もしかすると悲しい別れの方が少ないのかもしれない。

個人的に感情として悲しいのはわかるが客観的に見た時、その別れは、その人にとって、変化を表す行動の一つであったり、自分の中に無意識にある弊害との決別の一つである可能性が大きい。

少なくとも私はそのように捉えている。別れとは自分の成長に合わせた行動の表れであることが多い。

今までも、多くの別れを経験してきた。

自分から離れた人。自分から離れて行った人。

それぞれあるが、人の成長にとって、その別れは必然であり、決して偶然ではないと考える。

人間は経験を積み重ね、成長をする。

それにあわせて考え方も、日々少しづつではあるが、変化しているのだ。

お互い変化をするもの同士、いづれベクトルが合わなくなりそれは別れへと繋がる。


特に、経営者と従業員のベクトルが会わなければ、それは確実に別れである。

逆に別れなければ、双方共に不幸に繋がる。

経営者側から見れば、他の従業員の士気に影響するし、従業員側から見れば、やりがいを満足できないストレスに繋がる。


また、別れによって学ぶところも多い。

今の自分を冷静に見つめ、修正をかけるいいタイミングである。

なぜその別れがあったのか?それは必ず自分のプラスに繋がるはずである。

別れは、新しい出会いにも繋がる。

が、確かに別れは悲しいものだ。大いに悲しめばいい。

ただいつまでも悲しんでいても仕方が無い。別れとは、自分の成長の表れだ。

ちょっと極論?






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