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ダイビングとバイクをこよなく愛する53歳のおやじ。じっとすることが嫌いな性格はいつまでたっても変わらず。なんにでも興味を示す雑食派 人との繋がりが自分のすべてのエネルギーと信じる。日々出会い、日々学び 嫌いな言葉 マイペース 無責任

2012年4月23日月曜日

教育論


世の中は凶悪犯罪の低年齢化、親の幼児虐待など昔では考えられない犯罪が非常に多い。なぜなのか?社会が多様化しているなかで一概に一言でいう事はできないが、やはり教育に問題がある。ここでいう教育とは学校教育の事ではなく親の子供に対する教育である。
昔、高校の時の先生が生徒に向かってこんな話をされた。僕が通っていた学校は進学校であったためその辺も含めての事であろうが、その子供の人生は小学校二年生で決まるという。そしてその次は中学二年生
その次は高校二年生というのだ。今になって思うと非常に的を得た考えだなぁと思う。中学二年生と高校二年生は取りも直さず来年進学を迎える。その方向性をシッカリ決めなければならないとしという事である。自分は何になりたいのか。自分の人生の目的は何なのか?を明確にして自分の進めき方向をシッカリと自分で決めなければならない年である。ここで大事なのは、親が決めてはならないという事である。顔を突っ込むなという事ではない。中学生くらいでは社会的知識が少ないのが当たり前であるからそのための補助はしなければならない。ただ、親の思う方向に誘導するような知識を与えてはいけない。そんなアホなとお思いかもしれないが、中学高校は一番多感な時期である。そして一日一日、物理的も精神的にも成長を遂げる。下手な誘導は反発を生む。するべき事は、社会的知識の提供とやりたい事を見つける手助けのみである。一番やってはいけないのは、理由もちゃんと説明する事無く、親がその子の進路を決めてしまう事だ。理由があればまだ良いのだが・・・・
もし目的をシッカリ持てば後はそれに突き進む様に見守るのみである。口も手もあまり出す必要はない。目的を持った人間はそこからどんどん強くなる。道徳的に外れない様にだけ見守っていれば良い。外れそうになった時だけ補正してやれば良い。
 さて、これで中学高校は以上で説明できたと思う。では、小学校二年生で決まるという事はどういう事なのか。これは自分で理解したのは、30歳を超えた充分に大人になり自分に子供ができた時くらいである。今はあまりわからないが、当時は
ゆとり教育という言葉からなのか、自由奔放に育てる、叱る事はしない、やりたい様にやらせる。と言った様な事をいう親が大勢を占めていた。僕はそれに変な違和感を感じ、テレビニュースで凶悪犯罪の低年齢化を見ていたのだ。この原因って、社会情勢だけなのか?と疑問を抱き、結論は親の教育にあると考える様になった。

子供は生まれた時には白紙の状態で生まれて来る。これはどの様な家庭に生まれたとしても平等に与えられている。誰一人として知識を持って生まれて来る子供はいないのである。その真っ白な子供に日本人として、日本の文化のなかで生きて行く知識をつけるのは間違いなく子供達自信であるが、そのあふれる情報の良し悪しすらわからないのも白紙の子供達である。その様な子供達を自由奔放に伸び伸びという言葉の元、良し悪しを教える事無く育てればどうなるか?答えは歴然!大人になっても物事の判断が付かない大人がそこに一人出来上がってしまうわけだ。結論を申し上げると、子供は物心がつく前まではシッカリとしつけなければならない。赤ちゃんとは白紙で生まれて来た時は動物と同じである。それを人間に仕上げるのは、産まれたと同時に人間としてのしつけが始まるからである。時には叱る事も大事である。そしてシッカリとしつけられた子供は、物心がついて自分で行動し出しても常識を外す事はない(しつける親が常識を知ってるという前提ですけど)。勝手に親のいう事を聞ける子になっている。
逆に自由奔放に育てた子供は、常識、道徳がわからないため人を思いやる事ができず非常識な行動で人に迷惑をかけてしまう。凶悪犯罪の低年齢化はこうやって引き起こされるのだ。そして親は言う「うちの子に限って」と・・・自由奔放という言葉の育児放棄の結末である。
そのしつけの上限が小学校二年生という事なんだ。その時の子供の行動でその子供の人生は決まってしまう。あっ、子供の行動とは、家族以外に対する行動ですからね。どの様に育てられても小学校二年生くらいまでは家族に対しては甘えますから...親に対する判断は全く無意味です。
できてるかどうかの答えは、それから以降自分の子供が答えです。
自分の人生と一緒で、一人の人間(こども)に対する教育はやり直しが聞かないものだからシッカリと責任を持って教育しましょ。だからと言ってびびってはダメ!
できてる親は結果として後ものすごく楽だから!子供はいい意味で親のてからこぼれる事は無く、自分の人生をしっかり見つめ目的をもって生きて行くよ。
自由奔放は物心がつき多感になってから!それまではしっかりとしつけ、しっかりと叱る事が大事。

叱る事と怒る事は全く別!
「叱る」は相手を思い相手の行動を社会常識に合わせる様に促す行為
「怒る」は単なる自分の感情の押し付け
全く違うでしょ。

余談ですが、味覚も小学2年生で確立されるらしいすよ

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