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ダイビングとバイクをこよなく愛する53歳のおやじ。じっとすることが嫌いな性格はいつまでたっても変わらず。なんにでも興味を示す雑食派 人との繋がりが自分のすべてのエネルギーと信じる。日々出会い、日々学び 嫌いな言葉 マイペース 無責任

2012年12月18日火曜日

落語から学ぶ人の先入観

皆さんは落語はお好きだろうか?

昔、とある上方落語家が言ってたことを思い出した。

「落語って、たまに3人、4人が登場するイレギュラーもありますけど、だいたいがその瞬間の登場人物って2人でしょ」

「大家さん、ととぼけた店子といったように・・・」

「いわばそれを、一人で、二役を演じるわけです」

「その二人の違いを表現すのに、顔を左右に振りわける。話し言葉を変える。声のトーンを変える」

「だいたいこの三つで表現するんですよ」

「でもね、ズーーーっとその三つで表現してるかと言えばそうではないんですよ」

「当然最初は、その三つを使います。でもね、お客さんが話に入り込んできてくれた頃から、二つにしちゃうんですよ」

「手抜きっちゃー手抜きかもしれませんが、これも芸のうちですよ」


では、何を抜くのか?

実は声のトーンは、二役とも一緒になってると言うんです。当然、演目によっちゃそれができないものもあるそうですが、(「裁ち切れ線香」のようなストーリーで、声のトーンが一緒なら確かにすぐにばれますわな)コミカルな演目は得てしてそうなるそうです。

ではなぜばれないのか?

最初の導入の段階で、お客様が話に入り込んだ時点で、実はお客の中にに登場人物の先入観ができているから少々変わろうが、最初の形で聞いてもらえる。というのだ。

些細なことかもしれないが、これは、我々実社会を巧みに生き抜くいい実例ではないか!

前回も八方美人型営業のお話で書いたが、実は、自分をコントロールし演じると言うのはただならぬパワーが必要なのだ。

たとえば、一時間の接客において、最後まで演じるのは不可能に近い。もし演じきっても、相当の脱力感が残るくらいエネルギーを要する。

ここで必要なのが、落語から学ぶ、先入観である。

顧客が、自分に興味を示し、うまく入り込んできてくれれば、自然と自分のスタイルに変えてしまう。


話題をいきなり変えるというのは、特に相手がいやがるような話をするようなことはもってのほかであるが、ストーリーはそのままに、自分が使いやすい言葉遣いに自然と変えていくなどは、大丈夫な部類に入るのではないかと思う。

自分流に変える内容によるが、顧客の先入観の存在する限り、そんな営業のやり方も、一つの効率ではないかと思う。

決して手抜きではないですよ あしからず・・・

これも営業手法の一つですよ








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