2017年4月23日日曜日

企業における贅肉とは

贅肉とは?不要なもの、健康を害するもの 
一概にそうとも言えないのが贅肉
見方を変えれば、それはエネルギーの蓄えでもある訳です。
いつ何時でも、エネルギーを取り込むことができる今の時代において、エネルギーの蓄積とは言えなくなってきました。逆に贅肉は蓄えでありながら自らもエネルギーを消費するやっかいな存在でもあります。

さて、企業における贅肉とはなんなのか?
体に着く贅肉と同じ観点から着目すれば、人間が生きるために機能する臓器が、会社運営のシステムと考えれば会社においてそれを動かすエネルギーとはなんなのか?
それは紛れもなく、資本であり、利益です。これは決して悪者ではなく、それを美味くエネルギーに変えて、成長を遂げていきます。

しかし、方や、消費だけしかしない贅肉も存在します。
それは、無駄に存在するシステムです。
本来、臓器でありながら生きるために不必要な臓器 たとえば盲腸のような存在のシステム。
見直していけば、それは非常に多く存在するのが企業の無駄な贅肉です。

確かに、そのシステムが導入されたときは必要であったことでしょう。
しかし、企業が成長をしていく上で、不必要になったシステムは無数にあるのではないでしょうか?

企業は、時代に乗り遅れるなと、ありとあらゆる最先端のシステムを率先して導入しようとします。
しかし本当にそれでいいのか、
もはや贅肉となってしまったシステムをそぎ落とす必要ないのか?
実は贅肉をそぎ落とすことは非常に大事でありながら、いつも二の次に回されてきました。
それは何故なのか?

そこには人間のプライドというやっかいな存在があります。

自分が開発、もしくは導入したものをを捨てることができない。
それを捨てると言うことは、自分を否定することだと勘違いするからです。
自分が放棄するならまだしも、他人に放棄される悔しさと言ったら例えようがないでしょう。
またそれに輪をかけて、先輩が作ったシステムだから放棄するわけにはいかない。などという会社の成長に大きくかけ離れた気遣いがそこに生まれます。
この組み合わせによって、企業の贅肉は消えるどころか、ますます肥大化を続けます。
人間のプライドや相手を思いやる気持ちが、本来の目的とは別の最悪な結果を生んでしまっているのです。
確かにプライドや思いやる気持ちは大切でしょう。
しかし、使い方を間違えば、そこに参加するすべての人を間違った方向に導いてしまうのです。
それこそが、会社の成長を大きく阻害していることに繋がり、停める大きな要因となっているのです。
システムを動かすには、それがどんなシステムであろうと、そこには必ず人が関わります。
人が関わる以上はそれは消費に繋がります。基幹に乗らないシステムは生産性のない無駄な消費にしかならないのです。

では、そうならないためにはどうすれば良いのでしょうか?
自分のやってきた過去のプライドを捨てるためには……
マイナスとなる人を思いやる人間関係を無くすには……

会社はチームでありチームとしてなどんな成果を作り出そうとしているのか?
その成果は自分たちに何をもたらすのか?
そこに自分の存在意義を見いだせばいいわけです。

それを決めるの経営者だという人もいてるでしょう。
確かにそうかも知れません。
しかしその想いを全員で共有することは、贅肉をそぎ落とす第一歩でもあります。
共有することにより、自らがやることを見いだすのです。

これは業務の担当を言ってるのではありません。
与えられた業務を通して、自分の役割はなんなのか?その成果に対して、自分はどういう影響を及ぼすのか?
それを考えることによって、個々の存在意義は見えてきます。

そうすれば、間違ったプライドや気遣いはなくなるはずなのです。
目的が共有できれば、何が贅肉なのか、堂々と答えを出すことができるでしょう。

会社が成長するまず第一歩は、目的を共有し、それに対する個々の存在意義を明確にする。
そして、全員で贅肉をそぎ落とし、その目的に向けたスリムで、強靱な骨格を全員で共有し、その骨格が必要とするエネルギーとなる贅肉を蓄えれば良いのです。

この過程を軽視してる会社は、横から見てても明らかに肥満体なんです。

痩せましょうね












2017年2月23日木曜日

いじめの本質

いじめの本質ってなんなのか?
ちゃんと分析していけば、そんな難しいもんじゃない。と言うかも伸すごく簡単なこと。
でもその答えを、導き出すのが恐い大人達
だから自ら逃れるために、学校や教師の責任にしている。
学校は対処はしないといけないが、責任は全く取る必要が無い
そもそもいじめは何故起こるのか?
何故いじめる?の追求も大事だが、触れないとないのは、
何故いじめられる?だよ
双方をほんの少し追求すれば、答えは簡単に出てくる。
いじめる側も、いじめられる側も、完全に親の責任。
いじめるのもいじめられるのも、すべて親の教育のあり方に起因する
そこに着目しない限りいじめはなくならない。
親が自分は正しいと思ってる限り、絶対になくならない問題だ
いじめられるのも親の責任ですよ。完全に
学校どうこう言う前に自分を見つめ反省しなさい。
それがいじめの本質です。
子供達は親の犠牲になってると自覚しなさい

2016年11月28日月曜日

問題解決は、大上段からの原因追及と継続した小さな行動

先週からの出来事
若手実力者でありながら、なぜ次の動きを考えた行動ができないか?
その原因は何処にあるのか?僕自身は答えを持っているが、幹部役職者に考えてもらうことにした。
いわば、弊社の大きな大きな根本にある問題点

そこで今週出てきたものとは………

なるほど、自分たちをよくぞそこまで我慢して分析した。自分を自分で評価できることはそれだけで凄いことだし、それに自分たちで気づいたこと、もしくは客観的に分析できたことは素晴らしいことである。
ここまでできる人もある意味少数だと思うから、それは凄い評価である。

でもね、ここまでは、やれる人はやっちゃうんだよねー(笑)

特にTOCやってる人はできちゃう(笑)

本当に結果の出せる人はここからが違う。


残念ながら、うちの役員達は良くない術にはまってしまった。



ここからは一般論(私見)

気づいた、もしくは目に見えた問題が大きければ大きいほど、その問題解決は容易ではない。当たり前ですよね。
それを解決しない限り、人としての成長、強いては会社の成長に繋がらないと言うことが見えていればいるほど、のしかかる問題は大きく感じてしまう。

現実以上に大きく感じてしまうもんなんです。

だから、必要以上に大きく見える相手を倒すのに、必死に解決策を見いだそうとする。

ところが、それをはじめたとたん、自分たちで分析した良くない要因が立ちはだかり、どう考えてもどうどう巡りに入ってしまう。

そんな経験あるでしょ。

こう書いてみると、その要因、見えてきません?


解決策を見いだせない要因は二つ

一つは、

自分たちの悪しき要因(自分たちの考え方の習慣)が変わっていない中で、新しい抜本的な解決策など絶対に生まれないということ。

生まれたとしても実行できない。そりゃそうだ。

自分はこんな人間だと気づいただけで、変化を起こしたわけではないですからね。

当然のごとく、新しいことを考えたときに、現状の自分の今ある不安要素が頭をよぎる。

ほんまもんのループですよ(笑)

解決策生まれるはず無いでしょ


さて、もう一つ、

それは、見えた問題が大きい事柄だと勘違いしていると言うこと

確かに、根本の問題から起因している他の事まで全て考えれば、会社全体にブレーキをかけている問題となるだろう。確かにそれは大きな問題である。

そのように物事を大きく考えるから、出てきた根本問題もものすごく大きなものと勘違いしているんだ。

実はものすごく小さなものなのに…………

会社を左右するだけの問題挑む!」勝手にお題目までつけて、大きな怪物に望もうとしている(笑)

出てきた根本的問題をしっかりもう一歩分析してごらん。

それはそんなに大きな問題ではないでしょ。

それを解決するのは、大きなエネルギーや、リスクを負わなければならない問題ではないはずなんだよ。

それは出てきた根本的問題を、客観的に考える必要があると言うこと。

そうすればそれは、何も大きな問題ではなく、誰もが少しの努力で解決できる問題であると気づくはずなんだ。

じゃぁなぜ、多くの人達は、その術にはまるのか?

先にも書いたように、客観的視点に立てていないと言うことが大きな要因なんだ。

じゃぁどうすれば良い?

簡単なこと

問題追及から解決まで一気に話を進めてはいけない。充分な間を開けると言うことが大切なんだ。

問題発覚、から問題追及まで、この間は、起こった出来事が常に頭にある状態で議論を行う。それが会社に及ぼす影響が大きいほど、重圧を感じながら原因究明をする。

そしてその頭のままで、解決策を紐解こうとすれば………それは感情的でしかないでしょ。完全に情緒不安定状態で冷静物事を見れるはずがない。

そりゃ小さなものも大きく見えるよ(笑)

客観的視点になるための自分の冷却時間 これが必要なんだ。

問題究明と問題解決は絶対に一気通貫で議論してはいけない。

もし時間が無ければ、どうすれば良いか?の 第三者にきけばいい。

効く相手を間違えたら駄目だけどね(笑)

ちゃんと物事を客観的に判断できる相手にきけばいい。

ふっと気づかせてくれるはず。

となると、解決の方法は、

リスクのある大きなモンスターをやっつける言うことではなく、実は一人一人のほんの少しの意識した行動で大きな問題は解決することに気がつくでしょ(笑)


これが、できてる会社とできてない会社の違い

中身を見ればほんの少ししか変わらないんだけど、外からみれなものすごく大きな差になって見えるし、それが社会における差であると言うことなんだ。

経営者の殆どが、この術にはまっているんだ。

今回、最後の答えは僕が出したけど、ここまでよく自分たちで導き出した。事に敬意を表する。

会社を変えると言うことは何も大変なことではないと気づいたでしょ。

また明日から楽しくなるね!!
少しの行動、ながーーい継続(笑)


写真は今日、中間報告をしてくれた際のボード
これも説明しながら書いてくれた。これも実は素晴らしいこと
一番インパクトを相手に与えるやり方








2016年11月18日金曜日

時代が人の多様性を求めている

ここ半年ほどで、同じような話を聞く。


社員に対する経営者意識の習得である

今まで、幹部や、幹部候補には若干の研修などがあったのだろうが、全社的教育を薦めている会社が幾つか出てきているようだ。

先般お邪魔した、某大手商社も常務がそのような話をされ、そのやり方に対して幾つか質問された。

その背景は、社員の質を上げなければ生き残れない。社員が経営意識を持つと持たないでは、結果は大きく違う。ただものすごく難しいと……

9月に訪問した新潟でも、県庁職員が、行き詰まっ状況を打破するために、民間企業との意見交換会を実施

内容は意見交換会と言うより、経営意識の習得の方が大きかったのではないかと思う内容。それは継続して開催されているようだ。


とある行政でも、民間企業経営を知る必要性があると、行政マンに簿記の研修をしているところもある。

派生して、簿記試験の受験まで促してるようだ(笑)


このように、与えられたことにたいする結果を出すのも、よりよい結果を出すためには、自分の畑だけを見ていては駄目で、外を知ればもっと違った答えが出る。そんな資質が、若い段階から求められる時代に入ったという現れであろう。


いずれにしても、向上心がこの自分の生き方を左右する時代に入ったことは言うまでも無い。


レベルのある人間の格差是正はあっても、レベルのないものは格差是正の対象にもならない時代はもう目の前に迫っている。

それは公務員にも言えることだろう。


権利の主張と上位批判をする前に、自分の立っているところは何処なのか客観的に考え、どうすればレベルアップできるのか考えないとあっという間に自分の人生は終わってしまう時代になった。


社会環境が悪いのではない

取り囲む人が悪いのではない


すべて、その状況を作っている自分が悪いのだ 


それに例外はない


人に頼るな、自分で切り開け


生きる道はそれしかない






2016年11月12日土曜日

新潟にて

本気で、チャレンジしてる人は多くいる。

僕はもしかしたら、そうでないのかもしれない。

比較してはいけないが、やっぱりそう感じる。


今の自分に甘んじてる自分が今日、そこに居た。


で、今日もいっぱい、先を見せてもらった。


なぜ俺は親分なんだろう?

今日のメンバーにもリーダーはたくさんいる。


地域に帰れば皆間違いなく全員リーダー!

彼らがやっていることは、僕が足元にも及ばないことばっかり……

一人になれば泣きたくなる


でも慕ってくれてるのも間違いない。


これは個人、、、、、、


社員も認めてもらってきてる。


追っかけでいい。追い抜く必要もない。


身の丈の大切さ  分相応!!


自分で言ってきてるが、改めて、自分にもの申す


社長は個人と会社の両方の分を持つ。


それ以上に彼等は凄い。


その連中に親分と呼んでもらう優越感 感謝!!


立花

森本

井上

佐藤

小野


今日のメンバー達

ありがとう


おっさん、もう一発頑張るわ




2016年4月30日土曜日

精神的頂点から衰退へ

人間は今、満足、安定を求めて生活をしている。

その為に、いろんな機器の開発など物理的発明を次から次へと行っている。

そしてそれは、明らかに自分たちの生活を助けるものとなっている。

が、果たして、本当に心の満足は得られているだろうか?

昔に比べ、物理的発明によって、格段に生活は変わってきているのに昔に比べ不平不満は増える一方だ。

最初はいたちごっこかと考えていたが、最近どうもそうではないと思うようになってきた。

私たちは超えてはいけないよう域超えたのではないか?

生き物とは常に成長を求め、決して満足をするものではない。

人間以外の生き物を見たとき、満足とは結局衰退、絶滅の一途をたどるのが常である。

我々人間は理性を持ち合わせていながら、反面、右肩上がり曲線で欲望はどんどん増えていく。

だからこそ、自分さえ満足すればいいというような自己中心的人間が激増した。

そこに生まれるのは争いである。

争いとは戦争だけを言うのではない。

もっと醜い陰湿な争いが世の中に溢れている

精神的欲望を追求するがあまり、本来人間が持っている理性を超えてしまったのが今の現状ではないか?

そしてそれが当たり前になったとき、もう人間は元に戻ることができなくなり、他の種族と同じように衰退から絶滅を引き起こすパンドラの箱を開けてしまっているように思えてならない。








2016年4月2日土曜日

理想のワークスタイルは目的にはならない

昨日とある同業経営者から新入女子社員の相談を受けた。
詳細は書かないが、
結果として、その社員はやめるという。僕も、それが正しい結果だと進言した。
夢を持ち、その夢を追いかける中で生まれる理想との乖離。それでも夢を追い続けるために、現実を見据え、理想との差はあれども一歩一歩夢に近づく。
これが本来の姿

しかしその彼女は、自分の理想とする社会人の姿を夢としたのか?その乖離が、会社に対する不満に変わる。
挙げ句の果てには、顧客から感謝の態度がないから、私は嫌われている。
と言いきる始末。

夢を追いかけるのは良い、が、理想のみを追求するのは大きな間違い。

あっ、経営者にも、経営側にも良くない点は指摘しましたからね。