2014年7月8日火曜日

聞く能力よりも発信能力

コミュニケーションをうまく取る秘訣。


人の話を聞く。


聞くことの重要性をよく言われる。


確かにそうだ。

相手の話を聞くということは、会話のテーマをずれなくさせるためにも非常に重要なことである。


聞くことは、相手の立場を理解することにも繋がる。


ゆえに聞くということが巷でクローズアップされている。


が、本当に、それだけでいいのだろうか?


聞き上手はコミュニケーション上手なのか?


聞き上手は、周りにいい意味で影響を及ぼすことができるのか?


発信がなければ自分を表現することなど不可能なはずだ。


コミュニケーションをうまくとるには、聞くことも大切だが、発信の仕方が聞き方以上に重要なはずだ。


必ずセットで考えないといけない。


上手いコミュニケーターは、聞きもできるがやっぱり発信の仕方が非常に上手い。


あなたは発信の仕方に工夫を凝らしてますか?


2014年7月3日木曜日

時間の作り方

時間を自分で作れる人は、できる人

昔からよく言われることである。

一般的に、忙しくしてる人に限って、時間に追われている感は全くない。

そしてその本人も、自分で忙しいと感じてはいない。

だから、どんどんと時間を作って、やりたいことを実行に移して行く。


昔、
「経営者だから時間は自由ですよね。その点僕らは、そうではないので時間なんてつくれません。」・・・とある大手サラリーマン

「大きな会社やから、時間が作れる。僕ら零細企業は経営者が働かないと成り立たない」・・・・小さな塾の経営者

上の二つは、読んでいただいた通りのお話なんですが、本当にそう思いますか?

時間を作ることで出来ない人は、ハナから忙しいということを言い訳にしている。

時間が作れないのは自分のせいではなく、他人が悪いから自分は時間が作れないという。

それだけではなく、他人から見るとそうとも感じないのだが、自分で忙しいということを表現して、ポイントにしている感がある。

だから時間を作ることなどもってのほかなのだ。


二つ目の発言者とは、じっくりお話をした。

そして、彼は、時間を作るのは他人次第ではなく自分次第であることに気がついた。

作った時間を、生まれてはじめてするゴルフに費やした。

1年半後、彼はシングルプレーヤーになる。

これはある意味極端な例ですが、立場が場時間を作るのではなく、自分なんですよ。

これって、時間だけのお話ではないんですよ。

人間が生きる上で全てのことに関わる話なんです。

スタートは一緒でも、終焉は、全く違った人生にまりますよね。







2014年6月28日土曜日

覚悟の安売り

先程は、覚悟を持った行動の取らせ方について書いた。

今度は行動を起こす本人側についての注意事項である。

これも厄介なんだよ。

覚悟を持った行動・・・先でも書いたように、覚悟とは責任をとるということ

この行動を受けた側の身になってみよう。

覚悟を持った行動だからこそ、しっかりと受け止めなければならない。

覚悟を持った行動の意味をわかり実際にしてきた人程、必死に答えてやろうとする。

が、たまに、自分からハシゴを外しちゃう人がいる。

やっぱり無理!と言って断念しまう。ちょっと待て!覚悟を決めたのではないのか?

出てきた答えが少し違うからとやめちゃうのか?

しっかり受け止め、それに対して答えようと覚悟を決めた人たちもいるはずだ。

それじゃぁ、覚悟決めたことにはならないよ。

覚悟を決めた以上は、とことんやり切ろうよ。少々迷惑かかっても・・・

自分の覚悟をそんな簡単なもんじゃないだろう。

覚悟の安売りが非常に多い

残念!!






覚悟を持った行動

2014年6月27日 三法よしカンファレンス in 広島において、

覚悟を持った行動とはどういうものなのかという論点になった。

覚悟とは? 自分が責任をとると決めること。(自分の定義)

その行動をとるということは、自分で責任ある行動をするということ。

ここまでは理解はできる。

ではその行動を取らせるためにするべきことは?

これが難しい

北海道のM君(真坂君)が、

人の信頼を後ろ盾にできる人間関係の構築

決してハシゴを外すようなことはなく、一歩を踏み出した人間をしっかりサポートし、見守ることが、覚悟を持った行動を取らせる一歩ではないかと説いた。

なるほどその通りだ。

怖くない!一歩を踏み出せといったところで、それを後押しするものや、待ち受けるものが、いい加減であれば、そんな勇気もうまれないし、万が一失敗した時にはより臆病者を作ってしまう。

結局は明確な答えはなく、いい加減で無い当たり前の人間関係が、他人の行動の第一歩を作るということだ。


人を大きくする5次元の要素

昔も書いたかもしれないが、人間の処理能力を器や懐に例えることがある



あいつは器がでかい とか小さいとか

懐が浅いとか深いとか

これって、誰が決めるのか?

決して自分ではないはずだ。

自分で決めてしまえばもうその人はそこで成長が止まってしまう。

人の器や懐は、実は、人に依存されているものなんだ。

人の期待があるから、人から頼られているから、人が必要としてくれているからこそ、人間は成長する。

その度に器が大きくなり懐が深くなる。

では、期待や、信頼はまっててくるものなのか?

決してそうではない。

やはり日頃の自分の行動が信頼や期待を生む。

それも縦横無尽、老若男女から期待されるような人物になるには、相当の努力がいる。

しかし、全ての方面からの期待や信頼は、必ず自分のものとなる。そしてまた、新しいフィールドの信頼や期待を得る。

これが人間の成長だ。

そして成長を遂げるためには、柔軟な心がけが必要である。

貪欲さ、体力、時間、見識の幅、見識の深さ。

この5次元が人間を成長させる要素である。どれがかけてもダメだ





与えるものの自己犠牲

与えるということ。

この言葉には多くの自己犠牲が含まれている。

与える側には、与えてもらう側には決して見えない犠牲が存在している。

お互いがその意味をわかった時のみ、与え合うという相互作用が存在する。

実はこれはほとんどの場合成り立っていない。

なぜなら、相手の産みの苦しみを知ろうとしないし、知ったところで全てを知ることは出来ないからだ。


では、相互作用は起こらないのではないか?

実はそんなことはない。

実際には、お互いがわかりあった上で 相互作用は成り立っている。

それは、知る出来ない部分を、相手を思いやる気持ちでカバーできるからだ。

学ぼうとする側にこの姿勢が見られなければ、教えたとしても、その全ては学ぶことは出来ないものだ。

表面を学んで、良しとしている人には絶対その全てをマネすることは出来ない。

昨日もその重要性をものすごく実感できた。

刺激しあい、分かり合える仲間がまた増えた

日々、人に感謝、自分に感謝




2014年5月22日木曜日

戦争の後戻り

世界中で起こっている戦争や紛争。

2次対戦以降、一部を除いて行われている戦争は、宗教戦争である。

確かに戦争は良くないことであるが、宗教戦争は、人の心の拠り所、思想に関する争いごとであるがゆえに無くなることのない争いなのだ。

日本から見れば、なんで?

と思うかもしれないが、世界中からみた時には、これはごく自然なことである。

日本は宗教に対しての考え方が、世界中でも稀に見るくらい希薄である。

争うくらいなら宗教を捨ててしまうと平気で思っているだろう。

しかし世界中の人にとって、宗教とはそんなものではない。だからこそ、争いが起こるのだ。

しかし、ここに来て、宗教に依存しない争いが増えてきた。

中国と、ロシアである。

戦争が起こる要因に、宗教意外に人種と領土がある。

人種争い、領土争い。これはともに人間のエゴである。

今更、この時代に、平気でそれが通用し、大国ゆえの正論が通用すると思っているのか?

馬鹿としか言いようがない。

こう言えば昔のアメリカもそうだったと言うバカがいるが、時代背景を読めない単なる戯言である。

あーーー嫌だ

宗教戦争がなくなるのは、それ以上の脅威が発生したときのみである。たとえば宇宙人が地球を攻撃し、地球防衛軍が配備されるとか・・・。

しかし争いはなくならない

戦争賛成論者ではないですからね