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ダイビングとバイクをこよなく愛する53歳のおやじ。じっとすることが嫌いな性格はいつまでたっても変わらず。なんにでも興味を示す雑食派 人との繋がりが自分のすべてのエネルギーと信じる。日々出会い、日々学び 嫌いな言葉 マイペース 無責任

2013年10月22日火曜日

付き合える相手はどこまでの範囲か?

人間は、幼稚園に入った瞬間から、死ぬまで集団生活の中で生きて行く。現在は保育園が数の幅を利かせ0歳保育とかいうのまであるようなので一概には言い切れないが、物心がつき、自立して自分の意思で行動を起こし出した頃と考えれば良いか?

まぁ、日本人のほぼ100%に近い子供達は小学校に入学するので、別にそれからでも良い話をダラダラ書いてみようと思う。

さて、冒頭でも書いたように、無人島で生活でもしない限り、人間は集団生活の中で一生を終える。

一言で言ってしまえばどってことの無い話である。

しかし人間にはいろんな意味で、多くのタイプがある。思考的分類 行動的分類 思想的分類 生活的分類・・・・・たぶんあげ出せば切りが無いだろう

人間は、この無数にあるタイプの人間と付き合いきれるのだろうか? 

それはたぶん無理である。

というか、殆どのタイプの人間と付き合うことができないのでは無いだろうか!

学生時代のクラスや 社会人になっての会社や配属部署などはそんなタイプを考慮して配置などしていない。

あらゆるタイプがごちゃっと集められている。

当然、それを意識することなく、学生生活を送ったり 社会人として目的達成のプロジェクトを遂行していく。

それはそれで学び遂行できるであろうが、最大の成果を生むのは、そんな状態ではないはずである。

学生時代の学びは、逆にタイプに分けない方が学びも大きく人間の幅を広げるからよしとしても、社会人としてはいかがなものであろうか?

入社試験などはもしかしたら、ある程度のタイプのふるいをかけているのかも知れない。

ビジネスにおいても、チーム内のタイプのバランスで、進捗がはかどったり思いも寄らない結果が出たりする場合がある。
しかし、そのチームで成功したからといって、他のプロジェクトが同じチームで成功するとは限らないのだ。
物事に対する自分の適材適所があるように、人においても自分の適材適所がある。

友だち付き合いはできても、ビジネスは無理な人
ビジネスはできても一緒にプライベートを過ごすことができない人
ハナから完全に拒否してしまう人
逆に何でも一緒にできる人
プラスとマイナスの二極だけではなく、それぞれにアナログ的レベルがあるのだから、人の付き合いというのは本当に複雑怪奇である。デモだから面白い。

良いのか悪いのは別として、自分が付き合える人間とは?

自分が好きとなる人とは?

逆にどんな人に好いて貰いたいか?

どんな人に自分を買って貰いたいか?

などをコッソリ考えてみるのも自分を知る上で大切なことである。

リアルにそれを表現すると、つまはじきになる可能性があるが・・・・



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