2014年11月5日水曜日

親の教えが自分の学び

今の自分が持っている知識や常識ってどうやって身についたのか?

人間は、生まれてきた瞬間は、無の状態である。

生命学的には、動作をしているが人間としての知識は全く、無の状態である。

いわゆる他の動物と同じ状態である。

そして、生まれた瞬間から、人間は知識の蓄積をはじめる。

それを直ぐにアウトプットするかどうかは少し横に置いておいて、触覚、聴覚、味覚、感覚 (視覚)を用いて、あらゆる知識を蓄積していく。

そしてそれがいずれ、表現になって現れ出す。

喋るや、泣く怒るなんかがそれである。と言うように、人間は、無の状態から経験を積むことにより情報を蓄積し、その積み重ねにより、個人の人格の形成を行い、自分自身の常識というものを形成していくのだ。

ある意味個人の経験が、大人になったときの身体的違い以外の総て形成していると言って良い。

人の違いは、その人が歩んできた経験の違いである。

そしてその経験や学びの多くを、親から授かる。

一部、事情を除き、殆どが親から学ぶのだ。

当然、年齢を重ねるにつれ、親からの学びの比率は低くなっていくが、小さいときの人間としての道徳心や、基本となる常識は親から学ぶことが殆どである。

言い換えれば、その人間の殆どは親が決めていると行って良い。

親なのだから当たり前と思うかもしれないが、人ひとりの人生の殆どを親が決めてしまうと言うのは実はものすごく重い責任なのだ。

それだけ子を持つ親は、その責任を感じなければならない。

もしその親が、世間の常識とは違ったことを常識と感じていれば、その子供も間違った常識を正しいと感じてしまう。

これは常識的知識だけでは無い。行動も同じである。

子を育てる親として、常に自らの成長を追い求めることが、しいては子供の将来を大きく左右することになると言うことを自覚するべきなのだ。

成長を追い求める親と、成長を億劫に思う親の違いも見て解るが、それぞれの子供はもっと大きな差になって現れる。

それだけ人間が生き、子孫を残していくと言うことは責任重大なことである。

自分の成長、追いかけてますか? 頑張らなければ、子供に不幸が降り注ぎますよ。

頑張れ!! 親!!!






2014年11月3日月曜日

危険な生き方が魅力を生む

退屈を我慢できない人

すぐに何かしようとする人

でも諸事情で動いてはいけない人 

そんな状態に置かれた人ってじっとせずに、禁止されてること以外を見つけ勝手に屁理屈をつけて合法化してやっちゃうよね。

最後に怒られるの自分なのに・・・・でもそんな人だから輝いている。

安全な生き方で人に影響を与えたり、感動を与えることってできない。

あなたが、いいなぁと目指してる人ってある意味危険な・・・そんな人ではないですか?

そんな人からいろんなものを感じませんか?

そんな、0.1%にも満たない人達が、魅力を発進し、それ以外の人に憧れと感動を与える。


ある意味世間の非常識でなければ、人間の魅力は出てこない。

常識的生き方、世間体を気にした生き方に、人を引きつける力は無い。

それは、うちに秘めたるものではなく、堂々と表現しないとだめだ。


とある方への、いい意味でのメッセージです。

もっともっと飛び出せ!! 

まだまだ、この領域に来てないよ。堂々とここに来い!!

貴方ならできる!!

2014年10月7日火曜日

永遠であり試練の色 「青」

永遠の青 試練の青 青色LEDでノーベル物理学賞

昔から、青色は人間を悩まし続けてきた。

絵の具も最初は青色を見つけ出すことができず、見つけ出されたラピスラズリは物凄く高価な取引がされていたと聞いたことがある。

今回のLEDも青色がなかなか出なくその苦労話は、前職の時に聞いたことがあった。

現在商品化されつつある、ELも青色を出すのに多くの科学者が知恵を絞りだしたと聞いた。

そして多くの科学者が挫折していった話も・・・・

青とは、そういう色なのだ。


青と言えば、空、海を直ぐに思い浮かべるが、その青は、本来透明のものであり、決して手に取ることができない色なのだ。

それだけ人間にとって青とは永遠であり、試練の色なのである。


受賞された3名の先生に敬意を表したい。

2014年9月30日火曜日

忙しいという表現

「忙しい」という言葉がある。

言葉の意味自体にはなんの問題もないし、現に忙しいという状況はこの世の中に多数ある。

ここで言いたいのは、人間は、忙しいという言葉をどのタイミングで、何を狙って言っているのかということである。

本当に忙しい人って、自ら忙しいって表現しないと思いませんか?

こういうひとって、自ら言わなくても周りがちゃんとそれを認めてそれを手助けしようとします。

でも、忙しいって表現する人って、一生懸命忙しいを演出してるように感じませんか?

忙しいから、飲みにも行けない。

忙しいから、旅行にも行けない。

忙しいから飯を食う間もない。

ネットもパソコンも携帯も何もないところに行きたい。

よく聞くでしょう


実際、僕の知人でもいます。

一昔前は海外で携帯もそんなにつながりませんでした。

「携帯も、新聞もネットもパソコンも何もないところに行きたい」と言ってた人間が一番、携帯もつながらん、ネット環境も悪いと一番大騒ぎですから、周りから見れば興ざめです。

で、つながる環境になったところで、別に忙しくしてるわけでもない・・・・・・


確かに今その時は忙しいかもしれませんが、ほんの一時であって、余裕があるけど時間に広がりをもって使えない人達ですよね。ある意味時間の使い方の下手な人達。忙しいって大騒ぎしながら・・・結局それしかできていない

自分は忙しいんだって発信して、人に自分は頑張っていると認めてもらいたい。

ものすごく多いですよね。

本当に忙しく、何も言わなくてもちゃんと周りの人たちも認めてる人たちって、自分は忙しいとは思ってないです。

だから発信もしない。

そして尚且つ自分のやりたいことは着実にこなしていく。

遊びも含めてね。

こんな人たちって、周りから見れば忙しそうに見えても、実は本人は楽しんでやってるはずですから、忙しいとも感じない。

これが忙しくとも実績をちゃんと残し、自分の生き様に満足している人でしょう。


忙しいって表現する人って、他人に求めて欲しい以外に、自分のやってることに満足してないのかもしれません。


本来はこうありたいもんです。

忙しい人=働き者  かも知れませんが

忙しい人=やり手な人   ではありません。


ここ数年、忙しいと表現する人が本当に増えました。とある分野とある分野の人に・・・



2014年9月27日土曜日

「せっかくだから」の使い方

皆さんはこの言葉をどう言うときに使ってますか?

せっかくだから~

~のついでに~

オフを満喫するときに使ったりしてませんか?

せっかくここまで来たんだから、観れるだけ見てしまおう。

食えるものは徹底的に食べまくろう。

まるでそこまでしなければ損したような気分になってる人多いですよね。

限られた時間の中に詰め込むだけ詰め込んで、見て回った行為、食べたという行為そのも
のに満足してる人居てるでしょ


でも本当にそれって正しいのでしょうか?

ゆっくりとそのものの本質を感じ取ることってできないと思いませんか?

非日常の中にいるときこそ、せっかくだからを抜きにしてゆっくりと感じることが大切だと思いまさんか?


では「せっかくだから」という詰め込みはしてはいけないのか?

決してそうではありません。

生活や仕事などの日常的行為の時こそ、言い意味での詰め込みが必要だと思います。

気付いたことや、感じたことこそ、せっかくだから一緒にやっちゃおうの精神を持つべきです。

それは日常的行為の本質をわかった上での+αですから、どんどん詰め込み吸収していかなければなりません。

そうすることにより学びが生まれます。

この違い解りますよね


逆の人、案外いてますよね…

2014年9月17日水曜日

競争心 プラスであれば無敵の武器

ミクロネシアに来て3日目の朝

3月来の訪問であるが、いろんな変化がある。

一番大きな変化は、見習い中ではあるが、社員が一人増えた。

グアムや、パラオのダイビングショップで働いていた。パラオ人のヘイズである。

7月から、日本の大手ダイビングツアー会社が、取り扱いをしてくれたこともあり、訪問者がふえた。

そんなタイミングで、働かせてくれと来てくれたのだ。救いに船である。

ヘイズもまだ若く、元気なのだが、ありがたいのは、日本人の対応に慣れていると言うことだ。

パラオや、グアムでは日本人客が多く、そこでの経験が功を奏している。

そんな彼が、来てくれたおかげで、相乗効果が生まれた。

案外おとなしく、コツコツと仕事をこなすフレッドに、笑顔が出て来た。

お客とも喋るようになって来た。

おかげで、今回の訪問で、感じたのはもの凄くショップの雰囲気が良くなっていることだ。

常に笑顔がある。

訪問者にも、「すごく暖かい雰囲気のスタッフの方々ですねぇ」と褒めていただいている。

フレッドにしてみれば、話し相手が出来たと言うことも大きいのだろうが、ヘイズの働きが、良い刺激になり、いい意味での競争心が出ているのだ。

そんな雰囲気に中で、今回の訪問であった。

人の出入りは、他の者に大きく影響する。

その変化を、自分が変わるキッカケとする。

意識をしてでも、無意識でもいい。

人間はそんな大きなキッカケのタイミングでしか変化は興しにくい生き物なのだ。









2014年9月10日水曜日

人のからの学び

「人の振り見て我が振り直せ」
という諺があるが、皆さん当然ご存じですよねぇ

ある意味、他人は自分の学びのための先生である。
そこに自分との比較対象物があるから、自分の今いる立ち位置が解る

批判 意見 同意 憧れ 愛着 

他人に対しての感情や行動は全て主観の上に成り立っている。

だからこそ、他人を観察することは自分を知る上で非常に大切なのだ。

そしてここからが大切である。

自分にないあこがれはしっかりと吸収しなければならない

意見の食い違いは、何故食い違うのかを客観的に判断し、自分に足りないものがあるなら吸収しなければならない。

いずれにしても今現在の自分との違いは必ず学びになる。

人間がまず第一にしないといけないのは、他人との関わりを受動的に待つのではなく、能動的に自ら接触しにいくことだ。
僕の周りでも、そのおかげて大きく変化した人は多い。

そんな人たちは必ず能動的に行動して、自分を卑下したりはしない。

まぁ簡単に言うと元気良く輝いてる人と言うことかなぁ