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ダイビングとバイクをこよなく愛する53歳のおやじ。じっとすることが嫌いな性格はいつまでたっても変わらず。なんにでも興味を示す雑食派 人との繋がりが自分のすべてのエネルギーと信じる。日々出会い、日々学び 嫌いな言葉 マイペース 無責任

2012年9月28日金曜日

黒部の太陽に思う

1968年 石原裕次郎 三船敏郎 宇野重吉 達が出演した、超大作である。
ご存じの方も多いとは思うが、黒部第4ダム及び発電所建設に伴う、作業資材搬入用のトンネル工事のドキュメンタリー映画である。
そしてこの映画は、裕次郎のこの映画に対する思い、スケールの大きさから、裕次郎の希望でテレビ放映やDVD化は一切されていない、いわば銀幕でしか見ることのできない幻の映画なのだ。
それが、今回震災復興チャリティとして44年ぶりに全国で上映会が実施された。
奈良では、9月23日 日曜日 昼の部、夜の部の2上映であった。
僕自身は、夜の部の上映会に参加。奈良文化会館は、残念なことに来場者は少なくガランとしていた。そのような映画とだとは皆知らないのか?残念であった。

さて、僕自身の黒部との関わりを書こうと思う。

今から10年くらい前、関西電力のモニターを仰せつかった折、研修として連れて行っていただいた。
まずはトロリーバスで関電トンネル(黒部の太陽の舞台)を通り、フォッサマグナの破砕帯を通過し、黒4ダムへ。ここまでは観光ツアーと同じルート。ここからが驚愕の連絡である。
ダムの端にある、扉から一歩中に入ると、外の人の賑わいとは打って変わって、ガランとした静寂した大きなトンネルに入った。我々一行は8名ぐらいだったので、その変化に驚いた。そして、こんな所にトンネルがあったのかと驚きを隠せない。
バスに乗り、そのトンネルをひたすら進む。途中バスは一旦停止した。
トンネルに開口部がありそちらに案内された。トンネル掘削の折、廃土用に開けた開口部らしい。そこから、実は槍ヶ岳の裏側が拝める。自分自身、登山の経験が無いので、良く解らないのだが、人が、槍ヶ岳の裏側を見ることができるのはこの場所だけですと案内の方が語ってくれた。黒部は険しく、裏側を見ることができる場所まで人が入ることができないのが理由らしい。

次に案内されたのは、第3ダム及び発電所建設時に、発生した泡雪崩により84名が命を失った現場である。作業用宿舎として渓谷の中腹に建設された宿舎(1,2F RC造、3,4 W造の)3,4階部分を雪崩で押し流すのではなく、600メートル離れた、渓谷の反対側の斜面に吹き飛ばしてしまった事故である。84命中47名は遺体の確認すらできなかったという。

そして、トンネルを移動すること約30分(見学時間含む)
宇奈月側から建設資材を搬入するための傾斜エレベーターに到着する。当然このエレベーターもトンネル内にある。この傾斜エレベーターは10tダンプは余裕で運搬できる能力を持っている。その傾斜エレベーターに平行してダムでためられた水を発電所に落とす、送水管が敷設されている。
ご存じの通り、この一帯は国立公園であるためダム以外はすべて地中に埋設されている。

さてこの傾斜エレベータで、我々が乗ったトロッコごと急傾斜を下っていく。約15分くらいかかったのではないだろうか?
到着した場所が、黒部第4発電所である。当然、総てが地中にあり完全に要塞化している。
そして、そこから、トロッコに乗り、宇奈月に出るのである。途中、欅平まで約1時間、終点の宇奈月まで1時間の行程である。このトロッコは、よく知られており、欅平までは、観光客行き来ができるが、そのトロッコの本来の目的は、実は第1から4発電所及びダムの建設に物資を運び込んだトロッコであり、現在は、第4発電所の職員の送り迎えをするトロッコなのだ。
そして、発電所から欅平までの間(観光客は立ち入り禁止区域)に、有名な高熱隧道がある。工事当時地熱が100度を超え、掘削のダイナマイトが自然発火により爆発、多くの作業員が命を失った場所である。現時も、温度は下がってはいるが、地熱、湿度とも高くそこにさしかかると、トロッコの窓ガラスが一瞬にして曇った。窓を開けてみると硫黄の匂いがきつくしたことを覚えている。

建設業に従事する人間として、この経験は何にも代えることのできない、日本人としての誇りと土木技術者の使命感と覚悟を肌で感じる研修で会ったことを覚えている。そしてそこで知ったのが、「黒部の太陽」という映画であった。

先述したように、もう見ることはできない映画である。またこの研修も、たぶん2回目はないであろう。
映画の内容は、現在トロリーバスが運行されている関電トンネルの掘削が舞台であり、岩盤とフォッサマグナの境界である糸魚川静岡構造線の破砕帯を抜くという難工事である。破砕帯とは字のごとく、非常に崩れやすく、アルプス山脈に含まれる大量の水が出水するという場所で、現在を持ってしても難工事であり、当時、熊谷組が関西電力より受注しその難工事に立ち向かう関電担当者及び熊谷組の土木作業員の飽くなき努力が描かれた映画なのだ。

石原裕次郎は、熊谷組下請け会社の番頭、三船敏郎は、関電側工事責任者という配役である。

映画自体、内容だけに非常に大きなスケールで撮影され、撮影中の事故などで、石原裕次郎も一時命に関わる怪我をしている。

さて感想であるが、一にも二にも、この難航にに対して、トンネル屋として何があっても意地で抜いてしまうんだというプロ意識が随所にあらわれ、その凄さに、鳥肌が立ち、涙さえ出てくる。実際に現地を知っている私からするとその凄さはリアルであり、このブログを書きながらでも身震いするほどのものであった。
黒部第4ダム及び発電所は戦後復興の礎となると信じ、関西電力の運命をかけて着手する凄さ、関西電力経営者の覚悟、関電工事責任の、悩みながらも、思いを一つにコントロールする精神力。過去に経験したことのない難工事に立ち向かう元請け会社と下請け会社の悪戦苦闘の中にある責任感の強さ、現在では、到底あり得ないような状況で、それぞれの方向性は違えど、それぞれの思いが美味く絡み合い、最終的には、大きな目標を達成するという、現在社会、とりわけ、我々の産業では、安全品質の観点からあり得ない進め方でプロジェクトは進んでいく。ただ、彼らの努力、覚悟責任感の強さが、今の日本の礎になって脈々と引き継がれていることは間違い。そんな日本人の誇りを強く感じさせ、そして今を生きる我々にそれを思い出させるに十分な力強い映画である。

是非もう一度見てみたいが、今度はいつチャンスがあるのだろうか?

参考までに、フジテレビが50周年記念番組で、香取慎吾を主役にリメイクしている。



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